「花は美しい」ことをエビデンスを示して説明してみる

薔薇とトリカブトは棘と毒があっても美しい

花は美しい――この事実に異論をはさむ人はいないでしょう。
しかし誰かに「本当に花は美しいといえるのか」と聞かれたら、何と答えたらよいでしょうか。
「それでも花は美しい」で押し通してもよいのですが、少し逃げているような気もします。
そこでこの記事では、エビデンス(科学的根拠)を示して、花と美が密接に関係していることを証明してみます。

花には邪魔があっても動じない美がある

花は絶対的な美を持っているから美しいといえる、という説明は一定の説得力があります。なぜなら、絶対的な価値は確かに存在するからです。例えば、寿司はおいしい、赤ちゃんはかわいい、東京スカイツリーの展望台からの風景は見事、といった価値観は世界に通用します。

花の美が絶対的な価値の1つであることは、バラとトリカブトが証明しています。
バラには恐ろしい棘(とげ)があり、トリカブトにはさらに恐ろしい猛毒が備わっています。これだけ決定的な欠点を持ちながら、多くの人がバラとトリカブトを美しいといいます。
美しさが強すぎて、欠点を隠してしまっています。その美しさを絶対的なものとみなしてもよいはずなので、花は美しいといえます。

薔薇とトリカブトは棘と毒があっても美しい
薔薇とトリカブトは棘と毒があっても美しい

花の美は男女共通

花は男女に共通した美である点も特徴的です。
例えば、男性が女性に花を贈ったとします。
このときの男性は、1)花を持つとこの女性の美しさがより際立つ、と考えたり、2)この女性は花で称えられるべきだ、と考えたりしているはずです。
女性のほうは、3)花を贈られる人として認められて嬉しい、と思ったり、4)美しいもの囲まれて嬉しい、と思ったりするはずです。
1)~4)から、男女ともに花の美を重視していることがわかります。
また、花は葬儀に大量に添えられますが、そのときの花の量は、故人の性別や年代によって変わることはありません。

性別や年代に左右されない花の美は、やはり絶対的といえます。

女性が美とするものと男性が美とするものは普通は異なる
女性が美とするものと男性が美とするものは普通は異なる

花の美の価値に男女差がない特徴は、とても特殊です。
例えば、エルメスのバッグなら、美しいという人と、単なる袋じゃないかという人がいます。エルメスを美しいという人の多くは女性で、単なる袋とみなす人の多くは男性です。
また、フェラーリなら、美しい車だという人と、単なる狭い車じゃないかという人がいます。フェラーリを美しいという人の多くは男性で、単なる狭い不便な車とみるのは多くは女性です。
男女の両方から美しいと認められている花は、エルメスやフェラーリが持つ美よりも強いといえそうです。

花には時間も空間も超えた美がある

イスラエルのハイファ大学の考古学者、ダニエル・ナデル氏は2013年に、同国北部のカルメル山の洞窟で、12,000年前の墓地をみつけました。その墓地には花の痕跡がありました(*1)。

12,000年前の粋
12,000年前の粋

墓は4基あり、すべてに花が飾られていました。遺体は2つあり、成人男性と性別不明の若い人であることがわかりました。
彼らは、15,000~11,600年前にイスラエルやヨルダンなどで栄えたナトゥーフ文化の人たちで、このころ定住しない狩猟採集生活から、定住生活に移行したばかりであることがわかっています。墓をつくって埋葬する風習も、定住生活によって生まれたと考えられています。

添えられていたのは、ピンク色の花とラベンダー色の花で、墓の底面に複数本並べられていました。そのうえに遺体がのっていました。
墓は、泥の板で覆われていたので、これらの花が小動物によって墓のなかに持ち込まれた可能性は低いとみられています。

墓を発見したナデル氏は、ナトゥーフ文化の人たちが、外見と香りのよさから花を死者への捧げものに選んだとみています。
そしてナデル氏は、この4つの墓が、現在確認できている、花が添えられた最古の墓とみています。

現代でも葬式で花を添えますが、それは、儀式を美しくすることで死者の霊が鎮まると考えるからです(*2)。死者に美を捧げる風習は、12,000年前から現在まで綿々と続いてきたことになります。
期間の長さもさることながら、イスラエルから日本まで空間を超えた風習であることも驚きです。

人が亡くなったとき、周囲の人たちが「葬式をしてあげよう。どうせなら美しい儀式にしてあげよう。それなら花が必要だ」と、昔の人も今の人も、こちらの人もあちらの人も同じように考えたのは、花の美が本物だからといえそうです。

*1:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8124/
*2:https://www.kazoku24.com/column/article/column012/

状況証拠に加えて物的証拠を提示するための考察

ここまで、1)ネガティブな要素があっても花の美が損なわれないから、2)男女とも花を美しいと思うから、3)12,000年前から花は美しいものとして扱われてきたから、「花は美しいといえる」と証明してみました。
3つもそろえば花の美しさは十分証明できたといえますが、ただ、「それらはすべて状況証拠にすぎない」と反論されるかもしれません。
そこで、花の美しさの物的証拠も集めてみました。

花の機能とは

物的証拠を示す前に、そもそも花とはどのような物質なのかについて解説します。
花を科学的、生物学的に定義すると、「繁殖と生存を確実にするための植物のツール」となります(*3)。
植物が繁殖するには、雄蕊(おしべ)の花粉を雌蕊(めしべ)に付着させる受粉が必要になります(*4)。しかし植物は自らの意思で動くことができないので、誰かに花粉を動かしてもらわなければなりません。その誰かは、自然界では昆虫や鳥などになります。

そこで植物は、受粉を手伝ってくれる昆虫や鳥に、対価として蜜を与えるわけですが、他の植物も蜜を使って昆虫や鳥を誘っています。
そうなると植物は、蜜以外のもので差別化しなければなりません。
それが花の形や色になります。

例えば、ショートケーキで有名な菓子店Aの隣に、菓子店Bが開業し同じクオリティのショートケーキを売り始めたとします。菓子店Aの売上高は、このままでは半減してしまいます。このとき菓子店Aは、看板を大きくしたり、店内を改装したりすれば、客をつなぎとめることができます。

花が目立つ形と色をしているのは、自分のところに近づいてきてくれる昆虫や鳥を増やすためと考えられています。

*3:https://www.mie-u.ac.jp/R-navi/column/cate003/TsukadaMorio.html
*4:https://www.biol.tsukuba.ac.jp/~algae/BotanyWEB/self.html

ミツバチは白・青・黄が好き、鳥は赤が好き

三重大学の生物資源学研究科の塚田森生准教授によると、植物の受粉を手助けする動物には好みの色があります(*3)。

●ミツバチは白または青または黄の花が好き
●鳥は赤くて大きな花が好き
●コウモリは白くて強い香りの花が好き

ミツバチに受粉を手伝ってもらいたい植物は、自分の花を、白または青または黄色にしていかなければなりません。
もしくは、ミツバチが多い地域にある植物は、白または青または黄色の花を持っているほうが生存しやすくなります。
花が色を持ち、しかもその色の種類が豊富なのは、生存に役立つからです。

花はどのように色をつくっているのか

そもそも色とは、光の反射の結果です(*5)。太陽の光は通常は無色透明ですが、実は赤い光と緑の光と青の光の組み合わせで構成されています。そのため、3色の光を調整すれば自由自在にいろいろな色の光をつくることができます。

赤いバラの花びらが赤く見えるのは、太陽の光がバラの花びらに当たり、赤い光だけを反射しているからです。太陽の光のなかの緑の光と青の光は、バラの花びらが吸収してしまうので反射されず、「赤いバラを緑と認識する」ことも「赤いバラを青と認識する」こともありません。

花の色は、色素によってつくられます。例えば黄色い花には、カロテノイド、ベタレイン、フラボノイドという色素が多く含まれ、黄色くしています(*6)。青い花にはデルフィニジンという色素が、赤い花にはペラルゴニジンやシアニジンという色素が含まれています(*7、8)。
色素以外にも、花びらの細胞のpHや金属イオンによっても色が変わってきます。

花の色は、植物自体の進化でつくりますが、人工的に交配させたり遺伝子を組み替えたりして花の色を変えることもできます。
2004年に世界で初めて、サントリーが青いバラをつくることに成功しました(*9)。それまで人工的に青いバラをつくることは不可能とされていました。それは、バラには青色色素をつくる遺伝子がなかったからです。サントリーは他の植物の遺伝子を利用して、青いバラをつくりました。

*5:https://global.canon/ja/technology/kids/mystery/m_04_01.html
*6:http://www.naro.affrc.go.jp/archive/flower/kiso/color_mechanism/contents/yellow.html
*7:http://www.naro.affrc.go.jp/archive/flower/kiso/color_mechanism/contents/blue.html
*8:https://www.suntory.co.jp/sic/research/s_bluerose/secret/
*9:https://www.suntory.co.jp/sic/research/s_bluerose/

花の複雑な形はどのように生まれたのか

花の魅力は色だけではありません。複雑なカーブをいくつも使って描かれる形も、花の美を高めています。
花の形にバリエーションが豊富なのも、受粉の事情です。

鳥に受粉させる花のことを鳥媒花(ちょうばいか)といいます。鳥媒花は、花びらなどが堅い特徴があります(*10)。それは、昆虫より体重が重い鳥が花にとまっても壊れないようにするためです。鳥媒花には、ツバキ、サザンカ、ウメ、アロエなどがあります。

花は、受け入れたい動物が入りやすい形にならなければならない一方で、受け入れたくない動物が侵入しにくい形にしなければなりません。

ハチドリを誘い蜂を拒絶するサルビアの絶妙な形
ハチドリを誘い蜂を拒絶するサルビアの絶妙な形

サルビアという花は、深い花筒(はなづつ)を持っています(*11)。深い花筒とは、花の形が細長いという意味です。
サルビアは、ハチドリには蜜を吸わせたいが、ハチには蜜を吸わせたくないので、花筒を深くしました。ハチドリはホバリングしながら空中にとどまり、細長い嘴(くちばし)でサルビアの花筒の奥の蜜を吸います。ハチは細長い嘴を持っていないので、サルビアの蜜を吸うことはできません。

また、ツリフネソウという花は、マルハナバチというハチだけが蜜を吸えるような形をしています(*12)。
ツツジやユリは、アゲハチョウが吸いやすい形をしていて、ヨルガオは蛾が吸いやすい形をしています。
それぞれの花が、自分が好む動物に合わせてそれぞれで形を変えてきたので、さまざまな形をした花が存在するわけです。

*10:https://kotobank.jp/word/%E9%B3%A5%E5%AA%92%E8%8A%B1-98144
*11:http://salvia.la.coocan.jp/gardening/my_gardening_35.html
*12:https://manabi.benesse.ne.jp/ecostudy/file01/detail03.html

仮説:花が美しいのは、カラフルで形が複雑だから

ここまでの考察から、次のような仮説を立ててみました。

●花が美しいといえるのは、花がカラフルで形が複雑だから

もし人が、カラフルかつ複雑な形状の物体に心を奪われる性質を持っていれば、その両方の性質を持つ花は美しいといえます。
この仮説を検証していきましょう。

色は人の心を動かすから、花は美しい

本のデザイン会社「株式会社木元省美堂」(本社・東京都文京区)は、人に与える印象は色でコントロールできる、と考えています(*13、14)。
同社は、色が次のようなイメージを持つことに着目して、デザインに活かしています。

●白:純粋、清潔、正義、虚無
●グレー:落ち着き、真面目、迷い
●黒:高級感、重厚感、恐怖、死
●赤:情熱、活力、暴力、警戒
●橙(だいだい):喜び、暖かい
●黄:愉快、無邪気、注意
●緑:安らぎ、健康、やさしさ
●青:知的、信頼、悲哀、孤独
●紫:上品、神秘、不安
●ピンク:かわいい、幸福

ここで注目したいのは、1つの色にポジティブな印象もネガティブな印象も両方があることです。
白は純粋ですが虚無を表し、黒には高級感がありますが死を連想させます。青は、知的ですが孤独も表現します。
このことから色には、人の感情を動かす力があることがわかります。
ある物体が多くの色を持っていれば、その物体はいかようにも人の感情を動かすことができることになります。

美しさを感じる美意識は、感情移入によって発生するとされています(*15)。美しいものを見たときに「心を奪われた」と言うように、美しさを持つ物体には感情が移ります。
花は多くの色を持っているので、いかようにも人の感情を動かすことができるので、美意識を発生させることもできます。
花が美しいのは、いろいろな色を持つからです。

これで、カラフルさが花の美を生んでいることが証明できました。

*13:https://kimoto-sbd.co.jp/company/outline/
*14:https://kimoto-sbd.co.jp/tsutatsukulab/2018/01/21771/
*15:https://kotobank.jp/word/%E7%BE%8E%E7%9A%84%E6%84%9F%E6%83%85-120264

形は人の心を動かすから、花は美しい

続いて、花の複雑な形が美を生んでいることを証明していきます。

形に美が宿ることは有名で、一部の彫刻や壺や建築物は、意図的に美しさを求めて形づくられ、そして多くの人から「美しい」と評されています。
その一方で、醜い形も存在します。例えば、素人がつくった壺は、多くの人から美しくないと評価されてしまいます。

では、形の美または形の醜は、多数決で決まるのでしょうか。例えば、10人に四角と三角を見てもらい、四角のほうが三角より美しいと主張する人が8人いれば、四角のほうが美しいと決まるのでしょうか。
もちろん、そうはなりません。

美しい形と醜い形を決める1つの基準は、自然の形にあるようです(*16)。
人には「自然界には美しいものが多数存在している」という直感があります。雪の結晶、蛇行した川の流れ、夜空の星の配置、巻貝のカーブ、そして花の形――これらは人に「美しい」と感じさせます。

自然の形を美しいと感じるのは、人には自然美を感じる力があるからです(*17)。自然美は芸術美とは異なる美であると考えられています。
自然の物体である花が複雑な形をつくればつくるほど、人はどんどん魅了されます。

*16:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/360768/102000012/?P=1
*17:https://kotobank.jp/word/%E7%BE%8E-118751

美しくない花の存在からわかる「花の美しい率の高さ」

ラフレシアの中央の穴はブラックホールみたい
ラフレシアの中央の穴はブラックホールみたい

花の形や色がすべて美しいわけではありません。
マレー半島に咲く、ラフレシアという花はとても不気味ななりをしています。もちろんこれを美しいという人もいると思いますが、一般的かつ直感的には、この花からよい感情を湧き起こすことは難しいでしょう。
しかもラフレシアは、死肉や糞にたかるハエを受粉に使うために、清掃が行き届いていないトイレのような臭いを発します。バラは、美しさによって棘のネガティブ要素を打ち消しましたが、ラフレシアはそれができません。

ラフレシアの存在から、人が無条件に「花は美しい」と感じるわけではないことがわかります。人は「花だから美しい」と感じるのではなく、「美しい花」に対してのみ、美しいと評価しています。

花の世界を構成する1本1本の花たちの「美しい率」は、恐ろしく高いことがわかります。ラフレシアなどの醜い花は少数派にすぎず、ほとんどの花は、雑草のなかの花でさえ、美しさを持っています。
例えば、木の世界の場合、森のなかを歩いていても、心を打たれるような美しい木に出会えることはまれです。建物の世界も同様に、ビル街や住宅街を歩いて「おっ」と思える建物は多くありません。

まとめ~美を説明できるくらい美しい

昆虫や鳥に気持ちよく花粉を運んでもらうために色と形を工夫しただけなのに、花は人の心を打ちます。花が美しい理由を、理詰めで探ってみました。
美を定義することは難しく、哲学者たちもそれに挑んできましたが成功しているとはいえません。美は、それを見た瞬間にはっきりと意識できるのに、哲学者たちの美の定義は一般人にはちんぷんかんぷんです(*18)。
花を使えば、美を簡単に説明することができます。「花を見て美しいって思うでしょ。それが美です」と。
花は、美の説明に使えるほど美しい、ともいえます。

*18:https://www.msz.co.jp/book/detail/05041/

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